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鴨太郎と私 過去編①

鴨太郎と私 過去編①

動乱編直後。何故彼女は彼を許すことが出来たのか。


目の前に包帯だらけの身体が横たわっている。
耳障りな機械音が目の前の男がまだ息をしていることを告げていた。

「まだ起きねぇだろうが、一応見張っとけ」
「起きると思ってるんですか?副長は」
「ま、どちらでも俺は構わねぇんだがな」
「御人好しですね」
「ほんとあの人には困っちまうぜ」
「副長のことです、私が言っているのは」



病室の窓からは夕日がちらついている。男がこの病室に運ばれてから一週間が経っていた。
伊東鴨太郎。真選組隊士でありながら奇兵隊と通じ局長謀反を企てた男は、土方自らの手によって粛清され、今に至る。
伊東の人生には確かに同情すべき点はある。だがそれでもこの男がしたことは到底許されないことだ。
例え近藤本人が許したところで意味はない。人はそう簡単に変わらない。そんなことは日々犯罪の中に身を置く警察の人間ならば嫌というほど知っているはずだ。

「局中法度が聞いて呆れます」
「そう言うな。本来なら即死の傷だ。いや、こいつは死んで償わなきゃならねぇ。現に生死の境を彷徨ってる。死んで当然。だがこれでもし生きて帰ってきたら―――」
「帰ってきたら?」
「そりゃもう以前の伊東じゃねぇ。近藤さんを殺そうとした伊東は俺が殺した」
「生まれ変わった別の伊東だとでも?」
「言ったのは俺のじゃねぇぞ。近藤さんだからな」
「だからお人好しだってんですよ。鬼の副長ともあろう者が」


ピピピッと心電図の音が部屋に響く。この音を止めることは容易い。ただ、目の前の機械を破壊するだけでこの男は死ぬ。命令されればすぐにそれを実行できる。だが今の真選組にそれを命令する者はいないだろう。
本当に、呆れてものも言えないとはこのことだ。

「止めて下さいよ、煙草」
「ちっ、わかってんよ」

ポケットをごそごそと漁り始めた土方の手を叩く。土方はチッ、と舌打ちをして頼んだぞ、というと病室を出て行った。
舌打ちしたいのはこちらの方だ。この男は局長をこともあろうか暗殺しようとしたのに。
他の隊士達はともかく、まさか副長や総悟がこの男を見逃すことを許すとは思わなかった。
何よりも誰よりも近藤を一番とするあの二人が、だ。


「なに考えてんだか」

これでもし弟の退が死んでいたら、私は間違いなく目の前の男を殺していただろう。
例え命令に背いてでも、必ず。
だが退は生きていた。それは本当にただの幸運でもう二度と起こらない奇跡の確率。
敵に見逃してもらうなど、忍の自分から見れば情けないことこの上ないが、それでも弟が生きていたのだから素直に喜ぶべきだろう。
だがそれでも。伊東鴨太郎は近藤だけでなく、退の命まで危険に晒したのだ。到底許せるものじゃない。


伊東の身体の左半身は仰々しいほどの包帯が無数に巻かれている。
着ている患者服の左腕の部分は空気の抵抗に負けへんこでいる。左腕は切断されたまま治しようもなかった。
胸から腹にかけては無数の銃創。こうして息をしているのが不思議なくらいでこのままいつ死んでもおかしくない。ベットの横の備え付けの椅子に腰掛ける。夕日はもうほとんどが沈んでおり、灯りをつける人間がいない部屋は薄暗く、心電図の電源のランプがどこか頼りなげに揺れていた。







伊東を見張り始めてから二週間が経った。伊東が運ばれてから数えるなら三週間。
まだ男は目覚めない。
私は屯所を出る前に局長に渡された包みを乱暴に開いた。手のひら大の長細い箱。
開くとそこには新品の眼鏡が一つ、上品な銀の縁取りがキラリと光った。


『いやぁ、大変だったよ。なんせ先生、領収書もなんにも持ってないんだから』

局長はそう言って笑っていた。その顔はあの事件のをごまかすためにあちこち奔走して疲労の色が色濃く出ている。ロクに寝ていないのだがモロばれだ。
結局あの騒ぎは全て奇兵隊の仕業ということになり、伊東は奇兵隊の動きにいち早く気付き自ら現場に駆けつけ犠牲になったということになった。
もっともそれはあくまで隊外的なものであり、もし生きて返ったとしてもなんらかの処分はまぬがれないだろう。
例え幹部が許しても、それでは隊士達が納得しない。それだけあの事件で被った被害は甚大なのだ。

それにしても、事件の事後処理の間に、伊東の愛用の眼鏡屋を探し出し、わざわざ同じものを作らせていたとは。
まるで誕生日プレゼントのような丁寧な包装に思わず笑いが漏れる。
ビリビリに破ってしまったことを少しだけ後悔した。
局長はきっと私じゃなくて伊東に開けてもらいたかったに違いない。
驚くのか喜ぶのか、どんな顔をするのかとわくわくしながら眼鏡を注文した。あの人はそういう人だ。


「早く起きねぇと眼鏡かち割んぞ、エセインテリ野郎」

すっかり暗くなってしまった部屋の中でポツリと呟く。だが返答はない。
いつものように、憎まれ口は返ってこない。


『全く教養のない人間はこれだから困る』
『教養?そんなもん食えんのか、この伊達眼鏡』
『伊達眼鏡かどうか確かめてみるかね。全く品性の欠片もない』
『自分に品性があるとでも?自信過剰な男は嫌われるよ、鏡見たら?』
『君こそそれでは嫁の貰い手がないぞ。ああ、もう手遅れか』
『余計なお世話じゃ、ハゲ!眼鏡ハゲ!ハゲ眼鏡!!』

仲は悪かった。顔を合わせればいつだって口喧嘩。
けど手が出ることはなかった。女相手だからかそれとも相手にする気もなかったのか。
せめて喧嘩で済ませてくれれば良かった。
命にかかわるようなことにならなければ、憎むことはあっても、恨まず済んだのに。


「バッカじゃないの」


一度も触れたことのない、伊東の肌に触れる。右腕の手の平。
細長い指、だかところどころに竹刀ダコがあって、手の平はごわごわと野暮ったい。
手のひらの皺を辿る。生命線はあまり長くはないようだ。

「あっ、そうだ」

あることを思い付いて医療機具が並んでいる棚を眺める。そこには看護婦さんが置いていった心電図の記録を記したノートとペンが置いてあった。そのペンを取り、伊東の掌に宛がう。

「へへっ」

気が済むまでぐりぐりとペンを走らせて、元の場所へ戻す。
眼鏡もベットサイドに置かれた棚の上に眼鏡ケースごとを置いて、包装紙をぐちゃぐちゃに丸めてごみ箱に捨てた。


起きたらどんな顔をするだろう。
一人ししし、と子供のように笑う。
きっと近藤さんもこんな気持ちだったに違いない。

とりあえず眼鏡の包装は、明日新しいものを用意してもっともっと派手に飾ってやろう。
目に痛いくらいのピンクの包装に大きなリボンをつけて。

もう一度伊東の手の平を見る。
そこには。

ペンで手首の下まで無理やり伸ばされた生命線。







②に続く
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